公共輸送とバスの歴史

初めてバスが道路を走ったのは1903年の京都です。2人乗りの乗用車を6人乗りに改造したもので、乗り合い自動車というようなものです。当時は故障も多く評判はあまりよくありませんでした。そのため開業から5ヶ月で終わり、その後も全国各地でバス事業が開業されましたが10年の間どこも事業として成功することができませんでした。1910年代に入るとバス事業者が少しずつ増え、それまでの乗り合い馬車からバスが主流となるようになりました。

1923年に関東大震災が起こると、被害者救援のために物資が輸送され自動車が東京に集まりました。東京市は都市を建て直すためアメリカからフォードトラックを800台買い入れ、それをバスに改造して人々の移動に役立てようとしました。このときからバスの歴史は急速に発達することになります。

国産のバスが登場したのは1930年です。この年に開業した省営バス(のちの国鉄バス)の定員は20人〜30人でした。アメリカ製の車台に国産のボディーをつけたバスも多く走り、バスが一般人の足として広く使われるようになりはじめました。

しかしその後、日本は戦争の時代へと突入していくわけですが1938年にガソリンが配給制になるとバスは木炭やまきを燃やして走らなくてはいけなくなりバスの発展も停止してしまいました。

アジア・太平洋戦争が終結した頃には、バスの台数は戦前に比べ半数ほどに減少していました。東京都の都バス960台のうち、動くのは196台というありさまです。そこでアメリカの進駐軍から払い下げられたトラックにバスの車体を載せたものが1947年ごろから使用されるようになりました。中でもトラックに故障したバスを連結させた「親子バス」は定員が90人のところ、トラック部分30人をさらに乗車させることができ人気となりました。

自動車の生産は1949年ごろから順調に伸び、大型バスも増え、東京に住む人々の交通も便利になりました。しかし1951年ごろまで地方では木炭や、まきを燃料としたバスも変わらず使用されていました。

1968年頃にはなるとバスの乗客が減り始めました。これは地下鉄の発達、自家用車の利用により交通渋滞に巻き込まれるバスの人気が低下したためです。1986年には輸送人員で一番多くを輸送していた頃の50%となり、この頃から経費削減をかねてワンマン・バスが主流となるようになりました。

1987年から1989年にかけては高速道路を利用する長距離高速バスが次々に開業し、今では高速バスで全国を行き来することができるようになりました。

近年では、乗客の比較的少ない路線にミニバスを走らせたり、深夜バスを運行するなどバス会社のサービスも多種多様になっています。新型の路線バスではお年寄りが乗り降りしやすいノンステップ・バスや車椅子に乗ったままで乗り降りできるリフト付きバスも増えています。